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仙台高等裁判所 昭和29年(ネ)148号 判決

控訴人(原告) 草野亀松

被控訴人(被告) 福島県農業委員会・平市農業委員会

主文

原判決を取消す。

福島県農業委員会が別紙目録記載の農地の買収計画に対する控訴人の訴願につき昭和二十三年九月二十七日附でした裁決を取消す。被控訴人平市農業委員会が昭和二十三年六月一日公告した右農地の買収計画を取消す。

訴訟の総費用は被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は本訴請求の原因として、

(1)  別紙物件目録表示の農地は控訴人の所有であるが、被控訴人平市農業委員会は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称す)第三条第一項第一号の規定によつて昭和二十三年五月二十七日これが買収計画を樹立し同年六月一日その旨公告したので、控訴人は同年六月五、六日頃異議の申立をしたが同年六月十五日棄却されたので更に同月二十四日訴願を提起したところ福島県農業委員会は同年九月二十七日これを棄却する旨の裁決をし、右裁決書は昭和二十四年三月十六日控訴人に交付された。然しながら被控訴人等のした前記各処分については以下(2)、(3)に述べるような違法がある。

(2)  本件農地は自創法第五条第五号にいわゆる「近く土地使用目的を変更することを相当とする農地」である、即ち本件農地は平市新国道に沿い、しかも十字路の角に位し平市字五色町三十六番の一の六畝歩が国道の南側に、同所三十六番の二の二畝歩が国道の北側にあり、附近は平市都市計画地域を成し右国道を中心としてこれに沿い平市第三小学校、田辺製作所、常磐交通自動車株式会社の大建築物及びその他製材、製縄、製麺、製油の各工場並びに住宅等が立並び、本件農地を農業に供するよりも宅地として使用する方が経済的価値は遥に大きく、現在この附近は坪当り五千円位で売買されている。而して控訴人は既に昭和十二年支那事変勃発当時より本件農地を宅地に変更する準備としてこの土地の道路に面した部分に公孫樹と米国種砂糖楓を移植し今日に及んでいる。ただ本件土地附近が右に述べたように平市都市計画地域とされているにも拘らず割合に家屋の建設が遅れているのは新国道に直通する夏井川の橋梁が国家予算の関係でその架設の延引していることに基因するのであるがそれでもなおこの附近は土地埋立家屋建築等が相次いで行はれつつある。控訴人は昭和十一年頃訴外猪狩金次郎に対し本件農地は国道に面する土地であるから控訴人においてその地目を宅地に変更する場合は何時でも返還を受ける約束でこれを賃貸したもので、右農地中三十六番の一の田は昭和二十一年春頃控訴人において宅地に変更する目的で右金次郎にこれが返還を求めたところ同人は承諾したがなお引続きその耕作をしていたものである。かような次第で控訴人住所地の神谷村農業委員会では右小作地の返還を承認したのである。そこで控訴人は本件農地につき昭和二十二年四月中自創法第五条第五号に該当するものとして被控訴人平市農業委員会にその指定を申請し同委員会はこれを承認したが、福島県農業委員会はこれを採用せずに本件農地の買収を決定したのである。

(3)  本件農地は自創法第三条、同法施行令第二条の隣接地域に当る土地であるから控訴人を不在地主として取扱うことは実質的に見て実情には副はないものであり、法の精神に反し農地改革の趣旨にも合しないものであるのに被控訴人平市農業委員会はこれを知りながら隣接の市農業委員会として準区域の指定手続を採らず本件買収手続をしたのは不当でありこれを維持した福島県農業委員会の本件裁決も不当である。

(4)  以上の次第で被控訴人等のした前記(1)の各処分はいずれも違法であるからこれらの取消しを求めるため本訴に及んだ。原審で主張した前記(2)、(3)以外の違法の事由はこれを主張しない。

(5)  被控訴人等主張の後記事実中本件農地につきさきに行はれた買収処分が被控訴人等主張の日に取消されその旨の通知のあつたことは認めるが、その後買収令書の交付を受けたことはない。同(2)の事実は争はない。(5)の事実は争う。

(6)  被控訴人等の自白の取消には異議がある。と述べ、

被控訴人等代理人は答弁として、

(1)  控訴人主張事実(1)の中その主張のような経緯により各処分のあつたことは認める。

(2)  本件農地について最初に為された買収処分は平市農業委員会の買収計画につき福島県農業委員会が承認を与えない間に買収令書の交付された違法があつたのでこれを取消した。

(3)  そこで福島県農業委員会の承認により昭和二十四年三月二十四日控訴人に対しさきにされた買収処分の無効告知書を発送してこれを取消した上改めてその直後に正式の買収令書が交付されたのである。

(4)  自創法第五条第五号にいはゆる「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」とは急速且つ広汎に自作農創設を目的とする同法第一条の立法趣旨に鑑みても、現在は農地であるが社会通念上精々一年後には宅地とか道路になるとかいうことが必至の運命にあるものを指すのであつて五年乃至十年という将来は勿論二、三年後には宅地になるというような土地迄も含まないのであり、当局が買収処分の指導における標準もかようなものであつたのである。同条第四号の都市計画法による土地区画整理地区としても本件農地のある五色町は主務大臣から指定されていなかつたのであつて一年以内に本件農地が宅地若しくは道路になることは予想もされなかつたところである。

(5)  控訴人主張(3)の事実の準区域指定の申請はなされなかつたものである。そもそも自創法第三条第一項第一号にいわゆる準区域とは社会的、経済的に何人が見ても村内の区域と看做されている飛地のような場合にはじめてその指定を受け得べきであつて、単に神谷村に住所を有する控訴人の本件農地がその隣接平市内に存在するというだけではこの農地のある区域は神谷村に準ずるものということはできない。須く本件農地のある平市五色町の地域が社会的、経済的観点の下において客観的に神谷村の地域と認められるということでなければならない。然るに平市と神谷村との間には夏井川の画然と境するものがあり、しかも平市の夏井川岸までの間には本件農地のある五色町の外にもう一つの町がある状態であり、毫も本件農地のある一地域を神谷村に準ずる区域となすべき社会的、経済的、沿革的理由は存在しないのである。而して福島県が準区域の指定をした実例は僅に六個に過ぎず、その実例に徴しても本件農地が神谷村の区域内に準ずるものとして指定される見込はなかつたのである。昭和二十一年十二月二十八日以降昭和二十四年七月十一日迄の間、神谷村農業委員会は二十七回の委員会議を開いたが平市内にある本件農地を神谷村の区域に準ずるものにしようというようなことは一度も審議されたことはなかつた。さればこそ神谷村農業委員会も平市農業委員会も県農業委員会に対して右の準区域指定申請をする筈はなかつたのである。

(6)  本件訴訟手続中昭和二十四年十二月七日の口頭弁論期日において被控訴人平市農業委員会指定代理人小関孝吉が控訴人主張の地域について神谷村農業委員会から平市農業委員会に対して隣接地としての指定申請を提出したことがあつた旨を陳述したのは真実に反し且つ錯誤に基いてしたものであるからこれを取消す。と述べた。

(証拠省略)

理由

本件農地が控訴人の所有であること、被控訴人平市農業委員会が昭和二十三年五月二十七日右農地の買収計画を樹立し同年六月一日その公告をしたこと、これに対し控訴人が同年六月五、六日頃異議の申立をしたが同年六月十五日棄却されたので控訴人は同年同月二十四日訴願を提起したが同年九月二十七日これを棄却する旨の裁決が為され、右裁決書は昭和二十四年三月十六日控訴人に交付されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そこで控訴人の本件農地が自創法第五条第五号にいはゆる「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当するもので買収から除外さるべきであるという主張の当否について按ずるに、成立に争のない甲第四号証、当審における控訴本人尋問、検証の各結果を総合すると、本件農地は平市街の東端部に位し、同市を東西に横断する幅員五間の新国道を挾む両側(南側が五色町三十六番の一、北側が同三十六番の二)にあり、附近は百米乃至二百米を距て新国道を挾んで北側に平市第三小学校、南側に平屠殺場、常磐交通整備工場、製材工場、製麺所、製畳所等の建物が存し、これらの建物中屠殺場、小学校、製材工場の一部、整備工場は既に終戦前から建築されていたものであるが他は最近の建築にかかるものと認められること、北方は田を百米距てて市街地に接し、西方は小学校を間に市街と接し、東方は平市を西北から東に流れる夏井川べりに徒歩約十分で達するがその川べり附近は昔からの五色町、鎌田町等の街を形成しており、五色町の西端本件田地よりの新国道沿の田地一部は建物建築の為埋立中であること等が認められる。以上の認定事実に徴するときは本件農地はその買収当時において既に近く土地使用目的を変更するを相当とする農地と認めこれを買収から除外すべきであつたものと云わなければならない。然るにも拘らず被控訴人平市農業委員会がこれについて買収計画を樹立し福島県農業委員会がその買収計画を維持したことは違法と云はざるを得ず、右買収計画及び訴願裁決の取消しを求める控訴人の本訴請求は他の点に対する判断をなす迄もなく正当なものとして認容すべきである。

従つてこれと異る趣旨に出た原判決を取消すべきものとし民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)

(目録省略)

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